元外交官の東郷和彦さんに取材

著者:渋谷太郎

取材を受けた人:東郷和彦さん

 

「外交は51%相手に渡して49%を取ることである。」と語る東郷和彦さん

"51% GIVE & 49% TAKE"

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元外交官で政治学者の東郷和彦さんにインタビューしてみた。東郷さんは「外交は51%相手に渡して49%を取ることである。」と言っている。この言葉は東郷さんの母である東郷いせさんが元外交官の東郷茂徳さん(東郷和彦さんの祖父)の言葉を伝えた言葉である。東郷さんの祖父、父は元外交官であり日本の外交に貢献した人物である。

 

祖母はドイツ人、祖父は歴史的有名な外交官の東郷茂徳さんf:id:Jipangu_Times:20240112143300j:image

第二次世界大戦中に外務大臣を務めた東郷茂徳さんの恋は凄かった。戦前の日本では外国人は今ほど多く日本に住んで居なかった、そして、外国人と日本人が結婚するということは無いに等しい世の中だった。そんな中、当時、外交官であった東郷茂徳さんはドイツ人の女性のエディ・ド・ラランドさんに恋に落ちた。当時の日本の外交官は外国人と結婚できなかったためエディ・ド・ラランドさんはドイツ国籍から日本国籍に変えて結婚し東郷エヂとなった。

 

東郷和彦さんの父も外交官、双子の兄は元ワシントン・ポスト記者

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東郷茂徳さんと東郷エヂさんの長女の東郷いせさんと当時、外交官であった本城文彦さん(東郷文彦さん)が結婚し双子の兄弟が生まれた。双子の兄の東郷茂彦さんは元ワシントン・ポストの記者である。そして、双子の弟が元外交官の東郷和彦さんである。

 

東郷和彦さんの生い立ちf:id:Jipangu_Times:20240112143323j:image

第二次世界大戦中の1945年1月10日に疎開先であった長野県の軽井沢で東郷和彦さんは生まれた。終戦そてまもなく東京に両親と一緒に東郷和彦さんは戻った。東郷和彦さんは小学校は学習院初等科に通っていた、小学生のときは外交官であった父親の赴任先であったオランダに1年間、スイスに2年間居住し現地の学校に通い言語の勉強や異文化交流をしていた。帰国後は、学習院中等科東京都立日比谷高等学校に通い受験勉強に励んた。東郷和彦さんは東京大学教養学部に入学しさまざまな授業をとって勉強していた。その中でも印象的だった授業は哲学であったという。今、現在も哲学には興味を持っているという。

 

そして、外交官に


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東郷和彦さんは東京大学卒業後は外務省に入り英国陸軍教育学校及びロンドン大学スラブ東欧学研究所でロシア語を学んだ。そして、在ソ連邦日本国大使館三等書記官になった。その後は、アメリカなどの欧米の国でも外交官としての勤務を経験し日本の国益にとって利益のあるさまざまな事を外交官としてたくさんの業績を残した。外務省を退職後も東郷和彦さんの政治や外交に関する意見は世界から注目されテレビやネットで東郷和彦さんの姿を観ることも多い。外務省退職後は京都産業大学などのさまざまな事に従事し、元外交官として活動している。